呆丸君 作品

LuMo

来世はギターとして生きる (來世願作一把吉他)

一首真摯動人的歌曲,透過化身為吉他的隱喻,克服自我懷疑與社會的眼光,尋找真實的聲音與純粹的表達。

来世はギターとして生きる (來世願作一把吉他)
ReadyLuMo • 2026

創作背景

"靈感來自於追求夢想時,因為自覺缺乏才華而感到的掙扎。「如果能純粹地作為一把吉他發出聲響,就能直接與世界對話」——這首歌探索了剝除人類的迷惘、以最純粹的型態存在的渴望。"

歌詞

「夢なんてさ やめとけよ」

「放棄什麼夢想吧」

笑いながら言われた夜

在被笑著如此勸說的夜晚

返す言葉も見つからず

找不到話語能反駁

ただコードを押さえてた

只是默默地按著和弦

上手く弾けないフレーズが

彈不好的樂句

部屋の壁に跳ね返る

在房間的牆上迴盪

才能とかそういうもの

才華之類的東西

僕には多分 ないけど

我大概是沒有吧

それでも音だけが

儘管如此 只有聲音

僕のことを知っている

了解真實的我是誰

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

迷う余地もないくらい

毫無猶豫的餘地

ただ震えて 鳴るだけで

只要能夠震動 發出聲響

世界と話せるから

就能與這個世界對話

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

弱さなんて忘れて

忘卻所謂的軟弱

誰かの手に触れるたび

每當被誰的雙手觸碰

また歌い出す

便會再次歌唱

うまくいかない日ばかり

盡是不順遂的日子

音も少し濁ってる

聲音也帶著點混濁

それでも弦を弾くたび

但每當撥動琴弦

胸の奥がほどけてく

內心深處便跟著解脫

遠くで誰かの歓声が

遠處傳來誰的歡呼聲

別の星の話みたい

恍如另一顆星球發生的事

だけど静かな夜には

但在寧靜的夜晚

確かにここに響く

確實在此處引起了共鳴

諦め方だけは

唯有如何放棄這件事

どうしても覚えられない

卻怎麼也學不會

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

言い訳もいらないまま

再也不需要任何藉口

ただ鳴れば それだけで

只要發出聲響 那樣就夠了

存在していられる

就能繼續存在著

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

もしこの声が消えても

就算這份聲音消失了

木の身体で震えながら

在木製的軀體中震動著

まだ歌える

依然能夠歌唱

拍手なんてなくてもいい

不要掌聲也無所謂

名前なんてなくてもいい

沒有名字也無所謂

ただ誰かの指先で

只要在誰的指尖下

一瞬でも鳴れたなら

能有一瞬發出聲響

それでいい

這樣就足夠了

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

迷いなんて置き去りに

將迷惘遠拋在後

ただ弦として震えながら

僅僅化作琴弦震動著

風の中で鳴る

在風中發出聲響

来世はギターとして生きる

來世願作一把吉他

この夢の続きとして

作為這場夢的延續

もしまた生まれるなら

如果能再次轉生

今度はギターで

下一次 就當把吉他吧